障 子 ヶ 岳

 福岡県みやこ町と香春町を境界とする障子ヶ岳に登り、旧仲哀隧道を歩いてすぐの仲哀公園で花見昼食を行った。障子ヶ岳の山頂一帯は中世の山城跡。1586年の豊臣秀吉九州攻伐により落城。後に廃城、山林化していたが、1987年以降地域住民の活動により往時を回復。2009年みやこ町の史跡に指定された。旧仲哀隧道は1967年に新仲哀隧道が開通したためその役目を終えた。1999年国の登録文化財となる。みやこ町仲哀公園は、旧201号線の隧道までの斜面。みやこ町および仲哀の名称由来は、およそ1800年前、熊襲を支配下におくため仲哀天皇がこの地を一時「都」に定めたことによるもの。本登山は、長い車道歩きにうんざりしたものの山城跡、旧仲哀隧道、仲哀公園に歴史を享受し花を楽しんだ行程だった。2016.04.03

運動公園8:30~千女房ヤマザクラ~9:00登山口~10:00障子ヶ岳山頂10:10~11:20車道出合
~11:40仲哀公園(花見昼食)12:50~14:20運動公園
みやこ町総合運動公園駐車場
駐車場を出発、登山開始 家並の角  看板は両方とも目的の場所
千女房ヤマザクラ  樹齢300年  落下しきり 車道分れ、障子ヶ岳登山口
稜線に出る  前方・障子ヶ岳、後方・味見峠 稜線上  山城の砦跡
上野登山口からは最短距離だが急登 山城跡は山頂方向に北の丸、馬場、二の丸、本丸
正面の台形は北丸跡、馬場跡を挟む 障子ヶ岳山頂、桜の季節は登山者が多い
障子ヶ岳山頂の山城本丸跡 山頂(山城)を下り始める
雑木林は歩き難い、踏み跡わずか 障子ヶ岳山頂に立つ4人は知合いだった
394mピークを通過した稜線 稜線より国道201号と香春一の岳(右)を望む
旧201号線出合、車は旧仲哀隧道で行き止まり 旧201号線  隧道まで桜並木が続く
旧仲哀隧道  1890年開通、1967年に役を終える 真っ暗なトンネル内432mの出口
仲哀公園、九十九折り道法面に桜1100本 黒官兵衛の馬ヶ岳(左)と神籠石の御所ヶ岳
仲哀公園での花見食後、ほぼ車道を駐車場へ 上野登山口を示す標識  あと50分歩き登山終了
スミレ      山道 ノイチゴ     山道 オオイヌノフグリ   車道 
ソメイヨシノ    仲哀公園 スズランスイセン    仲哀公園 カキトオシ     車道
シャガ     車道 オドリコソウ     車道 レンゲ    田んぼ
 ウマノアシガタ   畦道 カラスノエンドウ    畦道 キツネノボタン    畦道
 シバザクラ     民家庭 ノースポール    民家庭  ムスカリ    民家庭 
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