足立山 ほか周回

 北九州市小倉北区と小倉南区が境界の足立山およびこれに付随する4座を縦走し、一般道などを歩き周回した。足立山の山名は、和気清麻呂公が傷ついた足を麓(湯川水神社)の霊泉に浸したところ足が立ったとの伝説が由来となっている。麓には清麻呂公が祭神の神社が数社ある。小生の実家もこの山の麓近くにあり、幼少の頃より慣れ親しんだ山。
 今年初登山。20日間余りの登山ブランクと正月三箇日は毎年恒例の駅伝、ラグビー、サッカーのテレビ観戦に費やしていたので身体が鈍っていた。このため、ゆっくり歩いたお陰で疲れはさほど感じられず、初登山としては上々の出足だったと言えるだろう。  2015.01.06
 足立山を北に見る、突当りは安部山公園、東側の道
和気清麻呂像、安部山公園の上端 
観光道路を進み登山口に向う  砲台山~足立山への登山口
平坦な山道に出る、昔は砲台山への兵隊道   山道はよく整備されている
砲台山頂より妙見山(左)と足立山を望む   足立山に向う、大杉は妙見上宮参拝者が植えたとのこと
右折する、足立山頂まで残り400mが急登 足立山頂  手前は一等三角点(一辺18cm)
足立山頂からの眺め  小倉市街、工場煙突には夜景を彩る照明がある  左ピークは妙見山、右側はどんぐり山  
妙見神社上宮手前、鳥居には安永3年(1774)の刻字  妙見神社上宮(妙見山頂)
妙見山~どんぐり山間  当登山の最も長い尾根歩き  戸上山(門司区)を展望  どんぐり山より

     
小文字山頂
     市街地側の斜面には小文字焼き
     昭和22年(1947)に始まる。毎年8月13日盆の送り火
     として「小」の文字がこの山に浮かぶ 
 小文字山を下る、左にある迂回路を通るのが普通だが
この様に緩斜路もあるが、ほとんど急斜面  小文字山登山口、反対側にメモリアルクロス

      
メモリアルクロス(右画像)の石標
      朝鮮戦争(1950~1953)で戦死した国際連合軍将兵の
      霊を慰めるため当時の米軍小倉師団によって建設され
      日本に譲渡された。高さ20m、鉄骨製。
 朝鮮半島を向くメモリアルクロス(小文字山頂よりズーム)
車道沿いの道を妙見神社へと進む  横山白紅夫妻と4女・寺井谷子三師句碑、妙見神社境内
和気清麻呂像、頭上にカラス  妙見神社境内  妙見神社、全国妙見宮総本山
観光道路を安部山公園へ、小倉北区と南区の境界  安部山公園から桜並木(西側の道)を下り終着点へ
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