先ずケーブルカー駅へ 用件はトイレ |
帆柱稲荷神社参道、長い石段 |
帆柱稲荷神社 登山の安全を祈願 |
九十九折りと急登の2路がある 楽な方を登る |
段を上がるのは同じ足となる、時々左右交代 |
森林植物園の標識で迂回する 平凡な林だった |
迂回を終え本道に入る、幼稚園児は元気がいい |
神功皇后が国々を眺望した国見岩、前方に若松区石峰山 |
神功皇后にならいて我も亦国々を眺望したり 八幡東区(手前)、洞海湾口の左は若松区、右は戸畑区 |
八幡東区(左側)と小倉北区 前方右の山は足立山、左は戸上山 関門海峡も見える 国見岩より展望 |
国見岩を後に短い急登を山頂へ向う |
皿倉山頂、5社のTV塔とNTT塔 |
海抜六二二.〇五米 小単位の5cmに注目 |
ヤノトラカミキリ 北九州市の昆虫学者が発見 |
北原白秋歌碑 山頂広場 |
【北原白秋詩碑】
鉄の都 たかる人波さすがよ八幡
山は帆ばしら海は北 船も入海 洞の海
こゝの御空で立つ煙ぢやえ えゝま立つ 煙ぢやえ
この詩は、北原白秋が昭和5年(1930)に八幡を
訪れたときに作詞した「鉄の都」(作曲・町田嘉章)の
第4節。詩碑は昭和49年建立。
白秋はこのほか八幡で「八幡製鉄所初歌」
(作曲・山田耕作)、「平原小学校校歌」(同)などの
作品を残している。
北九州市ほか(抜粋) |
野口雨情詩碑 山頂とケーブル駅の間 |
【野口雨情文学碑
くきの海辺の船もよい 船も帆がなきや往かれない
お供についたくまがわに 山で帆柱きりました
その時きつた帆柱は 帆柱山の杉でした
この歌は、野口雨情が昭和7年(1932)5月、北九州市
出身の童話作家・阿南哲朗の案内で皿倉山に登ったとき
に作った「帆柱山の歌」
碑は昭和32年に建立。雨情の生誕日、
明治15年5月29日を記念して毎年5月、皿倉山頂周辺で
「野口雨情まつり」が開かれ、雨情をしのんでいる。
北九州市ほか(抜粋)
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小生達はこの雨情道路を下ってきた |
ビジターセンターに立ち寄り昼食 |
皿倉平より皿倉山頂を振り返る |
権現山へ向う途中の帆柱権現山神社 |
権現山頂広場 後ろに電波塔 |
権現山頂広場、電波塔2つ目 |
下り、権現山周回道に出る |
皿倉平、山道に入り登山口駐車場へ向う |
連理の樹 縁結び、夫婦和合の象徴 |
県立ふれあいの家、主としてグループ研修場 |
駐車場が近づくと車道を3度横断 |
発・着点の登山口駐車場 |